鈴木亮平 と 宮沢氷魚 が共演した《 エゴイスト 》は2023年4月21日(金)に台湾にて公開された。本作は高山真氏による同名の自伝的小説を映画化した作品となる。また、監督はLGBTQドキュメンタリー映画を撮ったことあり、長編映画《 イレのピエタ》で世界的に有名になった松永大司が担った。上映する際、松永大司監督に単独インタビューをいたしました。
!!!以下ネタバレ注意!!!
ー《エゴイスト》は鈴木亮平さんと宮沢氷魚さんが浩輔と龍太になりきって、ドキュメンタリーのような撮り方で、アドリブのシーンも多いですね。 撮影現場で彼らなりに解釈し、表現した演技を見ながら、「ああ、こういう解釈もあるんだ」「こんな気持ちにもなるんだね」と、原作を読んだ当初にはなかった新しい感覚を見つけたシーンはありますか?
新しい感覚というものはなかったですが、その役になりきってカメラの前に立っている二人の姿を見ながら、原作の文字で読む以上の感情が生まれたシーンはたくさんありました。特にお互いが惹かれあっていく瞬間のシーンはとても好きです。
ードキュメンタリーというのは、監督のスタンスから捉えられがちと思います。特に、弱者をテーマにする時、情に流されることもあります。でも、この映画は視聴者の想像に任せる余地が多く残っています。特に、視聴者に浩輔の顔をはっきりと見せないように、横顔と後ろ姿だけを見せたり、ロングショットで撮ったりすることが多い気がします。(例えば、最後に妙子が病院で浩輔は自分の息子だと言うシーン。浩輔の表情を強調するのは普通だと思いますが、《エゴイスト》はあえて浩輔がトイレで眉毛を描く時だけクローズアップする。)撮影する時、特に意識している点、気をつけた点などありましたら、教えてください。
登場人物がいる空間にカメラが一台だけ存在していたら、どう撮影して表現するだろうか?そう考えながら撮影監督と共にカメラワークやポジションを考えていきました。ですので、時に両方を捉えることができない瞬間がありますが、それでも伝えられるのではないか、と感じました。もちろん台本があるので、話の流れは決まっているのですが、カメラは先を読んで動かない、目の前で起こったことに素直に反応をしていく、という事を大事にしました。
ー歩道橋でのキスシーン、ホテルで龍太が浩輔に会って打ち明けたシーン、浩輔が妙子にお金を渡そうとするシーンなど、鈴木亮平さんと宮沢氷魚さんがインタビューを受けた時大変だったシーンとして挙げました。松永監督にとって、特に力を入れたシーンや撮影時の未公開エピソードがあればぜひ教えてください。
全てのシーンを同じように丁寧に撮影をしていきました。しかしその中での、浩輔と妙子のお金のやり取りをするシーン、ここは妙子には「お金を受け取らないでください」、浩輔には「絶対にお金を渡してください」という演出をして撮影をしました。あのシーンの二人の表情はとても素晴らしく、あそこのシーンにエゴイストという作品の一つのテーマがあると考えています
ー劇中では龍太と浩輔が「天国」について話し合うシーンがあって、それに対して龍太は自分が「地獄」にいると考えています。 撮影を終えた今、松永監督は天国と地獄についてどのように考えていますか。また、映画を見た視聴者の中には、龍太が自殺の可能性もあると考える人もいるようですが、先ほど述べた天国と地獄の概念と照らし合わせて、龍太の死をどのように捉えていますでしょうか。
「天国」「地獄」という存在については、「天国」のみ存在していると自分は考えます。もしかするとそれは僕の願望かもしれません。龍太の死の原因は自殺ではなく「過労死」になります。
ーもちろん、龍太が亡くなった後の浩輔と妙子のやりとりも考えさせられる所がたくさんあります。しかし、浩輔が父親と食事する時、母親が病気になった時、父親の重荷になりたくないと騒ぎ立てたことを父親が打ち明けたシーンも印象に残っています。父親のセリフは多くの介護者と被介護者の思いを代弁してくれたと思います。映画の中ではあまり描かれない父親という役柄ですが、浩輔の父親である斉藤義夫を演じる柄本明さんとは、役作りについて話し合ったりしましたでしょうか。
柄本さんとは役作りについて特に多くは話をしていません。衣装合わせの際に、こういう服を着るかどうか?という程度でした。本当に素晴らしい俳優さんで、多くの人生経験をしているのだろうと感じました
ー映画を撮り終えた今、松永監督は愛やエゴについて、どのように考えていますでしょうか。
自分自身に対しても含め、愛情を持つことは以上に大切だと常日頃感じています。エゴと愛は本当に紙一重だと改めて感じます。
文:MeMeOn Music
写真:MeMeOn Music